(通称:三先天満宮)
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由緒
御祭神
御本殿
  菅原大神
  住吉大神
  稲荷大神
境内社
  幸宮
  松梅稲荷宮
  寝牛社
由緒

天保初年、葦屋勇助なる人物がこの土地の開発を試みますが、度重なる水害に遭い功半ばにして池田屋大吉なる人にその開発を譲ります。池田屋大吉は開発に先立ち、成功を祈願して大神様を勧請しお祀りします(現在の港南公園内の付近)。開発は無事成功し、開発された土地は「池田新田」と称されるようになりました。
この成功を持って神域を整え、天保六年、大神様を産土神とされました。その後、空襲に遭い、焼け野原になりました。当社は大神様のご加護により消失は免れました。
昭和四十年には、その復興と共に大阪市により盛土工事が行われ、また隣接の港南中学の拡張や、港南公園の建設もあり、現在地に遷宮御造営(移築・改修工事)がなされました。
現在は三先・池島を氏神様としてお護りさてれいます。

池田新田が見られる地図
盛土工事と当社の様子







御祭神

御本殿

御本殿


菅原大神
八四五年に生まれる。早くから官途につき中納言、大納言などを歴任。
昌泰二年(八九九年)には右大臣に任ぜられる。延喜元年(九〇一年)左大臣藤原時平の中傷により太宰権帥に左遷。同三年(九〇三年)五十九歳で死す。
その後、怨霊の活動が激しく、その霊が当時の御霊信仰・雷神信仰と結びつき天神と言えば道真を指す様になる。(天神信仰)天暦元年(九四七年)京都の北野神社に祀られたのが始まり。やがて道真の大祖と称賛、学問の神様・文学の神様・詩歌の神様として崇められた。


住吉大神(底筒男命・中筒男命・表筒男命の三柱の神)
伊弉諾尊が黄泉国(よみのくに・死者の世界)の穢れを清める為、祓除をされたときに生まれられた神様。海路平安の神様として崇められる。


稲荷大神(宇迦之御魂神、又は倉稲魂命)
農耕民族である日本人にとって、稲は最も大切な食物であり、したがって稲、又五穀を守護する神の存在が考えられた。それが稲荷大神である。その後工業が興り商業が盛んになると、農耕神から商業神、屋敷神と拡大し、衣食住の大祖・万民豊楽の神霊と仰がれる。

境内社


幸宮(さちのみや)
「道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)」「天鳥船神(あめのとりふねのかみ)」「八意思兼神(やごころおもひかねのかみ)」「大綿津見神(おおわたつみのかみ)」の四柱をお祀りする。
十月二十四日に例祭を斎行申し上げます。
以前は交通安全祈願祭も多く斎行していたようです。当社の末社の中では一番新しく、創立記念の石碑が傍らに建てられています。


松梅稲荷宮(しょうばいいなりぐう)
「宇迦之御魂神(うかのたまかみ)をお祀りする。創立の時期は不明です。以前はお社の周りを回ってお百度参りが出来る様になっていました。また、蝋燭立てもありました。


寝牛社(ねうししゃ)
寝そべった牛の形をした霊石。この石の欠片を煎じて飲むと「眼病」「よだれくり」によく効くと言い伝えられている。このために霊石は頭から首にかけて、すっかり削りとられて丸い形で現在もお祀りされています。








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